活動報告
「みんなを輝かせる日」へー3.11に寄せて
「お手紙」をいただきました。
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人生にはいくつもの岐路があります。
その時に気付くこともあれば、振り返って「あのときが…」と気付くこともあります。
私にとって、人生で最大の岐路は、実は2011年3月11日、そう、東日本大震災の日だったのかもしれない、と、今にして思い返しています。
お互いの記憶に刻みつけられている、このころのことについて、今さら、詳しく記すまでもありません。
ただ、あの日をきっかけに、自分の人生が大きくうねり始めたことは、私は途中から半ば自覚していました。
同時に、この一文をしたためながら、その前後の日常に、あなたの笑顔と行動がいつも縫い込められていたことに、あらためて胸を突かれた思いがしました。
弘前や津軽の未来を語り合う都度、この地に根を張り、常に市民と同じ目線を保ちながらも、巨きなヴィジョンを描く横顔に、敬服しておりました。
故・T先生にねじを巻かれ、「まだまだ足りない!」と発破を掛けられて奮起していた姿を思い起こします。
筋を通すことと、人の輪・和をつくることを両立させる営みの難しさを、誰よりも知りつつ、誰よりもひたむきに実践している背中は、背丈に比べて、いつも大きく見えました。
時折、雑談や酒席で「いつ、出るの?」と誰かに水を向けられると、いつも微笑とともに聞き流していましたよね。しかし、どこか眼は笑っていなかった。自分の心の淵をのぞき込んでいたような気がするのは、「今となっては」のことでしょうか。
今回の大きな決断を、いつ、どう下したのか。しばらくは、うかがう機会はなさそうです。
しかし、リンゴ台風後の暗闇を照らすクリスマスファンタジーを企画したり、救急医療のNPO法人に関わるなど、「光の大切さ」「命の重さ」と向き合い続けてきたあなたの足跡をたどると、「自らが輝くために考え、行動する」のではなく、「みんなを輝かせるために考え、行動する」志が、ほのかな光を放っているように感じられます。
残雪が陽光に映える季節となりましたが、既に、春の嵐に向き合うような毎日が続いていることでしょう。
それでも、弘前市が震災の最初の衝撃を乗り越えた日々のように、常に「前へ」と進まれることを心からご祈念申し上げます。
そして、4月には弘前公園で、満開の桜の下で握手できる日が訪れることを信じております。くれぐれもご自愛下さい。
東日本大震災の発災から7年目の夜、2018年3月11日に M.K
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ありがとうございました!